心を打つ美輪明宏さんの名言。若い頃の画像も紹介!

美輪明宏さんとは?

美輪明宏さんの名言は多くの人の心をとらえて離さないといいます。そんな美輪明宏さんの名言とともに、若い頃の画像についても紹介します。

美輪明宏さんは1935年5月15日生まれで現在は83歳になられます。出身値は長崎県長崎市でよ正気に原爆も体験されているそうです。原爆投下時は家の中にいたということもあり無事だったそうですが、その後、放射能の後遺症に悩まされたこともあったそうです。また、家業は長崎市内でカフェを営んでいたそうですが、戦後はその経営も傾いてしまったといいます。

美輪明宏さんは戦後にボーイソプラノに刺激を受け、歌のレッスンを受け始めます。そして、15歳の頃に国立音楽学校へ入学するために上京しました。しかし、ほどなく家業が倒産してしまい、学校に通うことはおろか、東京での生活もままならなくなりました。

こちらが当時の美輪明宏さんの画像になりますが、かなりの美少年だったことでも有名です。実家からの仕送りも途絶えた美輪明宏さんは、新宿で寝泊まりをしていたこともあったそうです。ただ、その後にシャンソン喫茶「銀巴里」の専属歌手となり、美輪明宏さんは本名の「丸山明宏」として歌手デビューを果たしました。

美輪明宏さんは「銀巴里」で人気歌手となり、三島由紀夫さんやなかにし礼さん、大江健三郎さんなど多くの文化人から愛されました。特に三島由紀夫さんとの親交は深く、三島由紀夫さんは当時の美輪明宏さんにぞっこんだったとも言われています。ただ、美輪明宏さんは同性愛者であることを公表していましたが、三島由紀夫さんは恋愛対象にはならず、最後まで友人関係であったようです。

美輪明宏さんの名言集

美輪明宏さんはその波乱に満ちた人生の中で、多くの名言を残してこられました。美輪明宏さんの名言は、混沌とする時代の中で多くの人に支持されています。その名言についても紹介していきましょう。

こちらも美輪明宏さんの有名な名言になりますが、男性とキノコについて触れられています。確かに、たちの悪い男性に引っかかってしまうと、まるで毒キノコを食べたようになってしまうと言うこともあるかもしれません。

美輪明宏さんは男性というわけでもなく、かといって女性というわけでもありません。ですので、「ファッションだって嘘」という独特の感性があるのでしょう。ファッションが嘘だと自覚できれば、自分を彩ることにも客観的になれそうです。

美輪明宏さんの名言は、ただポジティブに生きろというようなものではありません。酸いも甘いもかみしめた美輪明宏さんだからこその名言ともいえるのでしょう。

美輪明宏さんの名言には「強く生きること」の大切さもちりばめられています。「強く生きること」でしか人は幸せになれないということを、美輪明宏さん自身がよくご存知だからかもしれません。

美輪明宏さんの名言は、リアリティに満ちています。だからこそ、胸に響くのでしょう。「自分のことを何でも分かってくれる人」というのは、他人ではあり得ないことで、それを望むと言うことは、絶対に叶わないものを欲しがるのと同じことと美輪明宏さんは仰っているのかもしれません。

美輪明宏さんの名言はこれからも多くの人の心を打つ

美輪明宏さんの名言や若い頃について紹介してきました。美輪明宏さんの若い頃は現代の私たちが見ても美少年・美青年と思えるほどの美貌で、当時はシスターボーイとも呼ばれ、大変な話題になりました。そして、その名言は、今も多くの人の心に響き続けています。美輪明宏さんの今度の活動にも注目していきましょう!

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